HAPPYな療育のススメ〜

凹むこともあるけれど、やらないより取り組んだほうがきっと利があると思ってます

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勉強嫌い

2009'05.07 (Thu)

ベネッセの教育サイトから抜き出しました。


勉強をしない「最も根本的な問題」とは何でしょうか? それは、勉強や宿題をやる気がない子は、そもそも勉強が好きではないということです。 ←確かに!!

そして、勉強が好きではないのは、いろいろなことへの知識が不足していることと知的な興味関心が育っていないことが原因です。この点が問題なのです。この点を変えていかないと、付け焼き刃的にいろいろなことをやってみても長続きはしないのです。それをしないでいて、「勉強、勉強」「宿題、宿題」と、いくら言ってみても大した効果はありません。←そうねえ....言うだけ疲れるだけな気もする。

では、勉強を好きにさせるためにはどうしたらいいのでしょうか? 絶対的に必要なのは、毎日の生活や遊びのなかで楽しみながら知的に鍛えることです。私はそれを「楽勉」と言っています。

これは、一見遠回りのようですが、結局は一番の近道なのです。そして、子どもを勉強好きにするためには、これより他に道はないのです。このことを肝に銘じてほしいと思います。

勉強が好きな子、勉強を進んでやる子、勉強ができる子……、そういう子の家では必ずこのような楽勉を実践しています。楽勉という概念を意識してはいないかもしれませんが、同じようなことをやっているのです。このような知的な環境にない子が勉強を好きになることはあり得ないのです。ただ座ってやる勉強だけをやっていて勉強が好きになるということは、絶対にあり得ないのです。


では、楽勉について、もう少し具体的に見てみましょう。

たとえば、カステラを食べるときにただ切って食べさせるだけでは、知的に鍛えることはできません。次のようにやりとりしながら切ってやれば、分数について触れることができます。

 「4つに切った1つ分を4分の1というんだよ」
 「8つに切った1つ分は何というかな?」
 「カステラ8分の2と4分の2のどちらが食べたい?」

こういう経験があれば分数を教わるときに、おおいに興味をもてますし、またよく理解することができます。

普段から図形パズルで遊んでいれば、算数の図形の勉強はばっちりです。正方形、長方形、三角形、四角形、平行四辺形、台形、ひし形などの特徴も、体で覚えてしまいます。宿題で三角形と四角形の違いを描きなさいなどという問題がでても、楽々できます。

漢字の秘密を扱った学習漫画を読ませておけば、漢字について詳しくなります。漢字の歴史、部首の種類、同音異義語の使い分け、書き順の秘密など、漫画を読みながら学べるのです。

たとえば、小学2年生くらいだと次のような楽勉グッズがあります。お風呂で遊びながら「九九」を覚えられるパズルが100円ショップなどにあります。「5×3= 」の答えのところに、数字を当てはめます。同じように、足し算、引き算、割り算のものもあります。

時計の読み方を遊びながら覚えられるパズルもあります。この頃は、デジタル時計が増えているので、アナログ時計の読み方がわからない子が多いのです。パズルで遊びながら身に付けておけば、楽々マスターできます。宿題で時計の問題がでても、どんどんやれます。

小学2年生くらいですと、500以上の数が言えない子もいます。お風呂で数を数えるときに、いつも1から10ではなく、「今日は530から540まで数えてみよう」などと変化をつけるだけでも違います。

いつも漢字の書き取りだけではなく、粘土で漢字を作らせたり、クッキーで漢字を作って焼いてやったりするのも楽しいです。鉛筆ではなく、色鉛筆やクレヨンでカラフルな漢字を書くのも楽しいです。しかも、結構覚えます。

家の数カ所に温度計を設置して、日頃から次のような会話をしていれば、理科が好きになります。

 「今日は暑いね。何度あるか見てくれる?」
 「わあ、すごいよ。30度もあるよ」
 「どおりで暑いと思ったよ。おやまあ、2階はもっと暑くて35度もあるよ」

毎日の月齢がわかるカレンダーをトイレに掛けておけば、月の満ち欠けなどの天文に興味をもちます。各地の特産物が描かれた日本地図を掛けておけば、地理に興味をもちます。歴史年表を貼っておけば、歴史に興味をもちます。

リビングに地球儀や地図帳を置いてテレビで出てきたところを調べれば、地理が得意になります。星座カルタで遊べば、星座に詳しくなり天文に興味をもちます。百人一首や俳句カルタで遊べば、古典文学に興味をもちます。

親子で散歩して地域の歴史遺産について話してやれば、歴史が好きになります。小学生新聞を毎日読めば、いろいろな知識がぐんぐん身に付き、全ての教科にいい影響がでます。

その他、私がメールマガジンや著作で提案している楽勉をいろいろやってみてください。工夫すればいくらでもあります。日々の生活を知的な刺激にあふれたものにしてやってください。生活や遊びのなかで、楽しみながら遊びながら知的に鍛えてやってください。

親がその気になっていろいろな知的刺激をするようになると、子どものほうもどんどん知的になっていきます。そうすると、だんだん勉強が好きになっていきます。いろいろな例から、私はこれを断言します。

ただし、子どもに無理強いするのは厳禁です。それでは楽勉ではなく苦勉です。無理強いすると、かえってそれが嫌いになるだけです。「生活や遊びのなかで楽しみながら」という原点を大事にしてやってください。

勉強を好きにさせたい、宿題をどんどんやるようにさせたい、そう思ったら、親が楽勉の工夫をしてやることです。それも、一つや二つではなく、たくさんやってください。100でも200でもいいのです。親子で楽しみながらやってください。

しばらく続けているうちに、ある日突然、思いがけない形で、あなたはその効果を目にすることでしょう。そして、その効果の大きさに驚かされることでしょう。




ああ、勉強に興味がもてない子の場合、ここまで親が根回しをして立ち上げなおすしかないのね。
けど、そんな簡単に楽勉するような気の利いた内容がまず思い出せないです!ベネッセ先生!

でもこの内容、私が持っている「入学してから差が付くもじ・かず・せいかつ」の本に出てくる内容と
よく似ててやっぱり基本は親の気配り心配りなのかなあ....と思った内容です。

小学校の算数が変わり、痛感したこと

2009'04.27 (Mon)

どんぐり倶楽部オンライン通信から考えます.....

これまで多くの親御さんが、ゆとり教育について共通して言われることの一つが、「教科書が薄くて、こんなのでいいのか不安になる。」ということでした。

「学校にはまかせられない、学力をつけるなら、塾や家庭学習しかない」と、あれこれ学習法を探したり、塾を検討されていた親御さんは、「あー、学校が学力重視になり、少しは良くなるかもしれない」と、期待されているのではないでしょうか。
(カニ先生)は、「これで親御さんたちのストレスが、少しは減るのではないか」、「子供に無理をさせる早期教育や、過熱化する中学受験に歯止めがかかるのではないか」と、考えました。

これまでは、算数においても「暗記科目のように扱い、公式や計算式を覚えさせる指導が中心だった」という認識のもと、今後は「なぜそうなるのかという意味や、プロセスを学ぶ授業が、算数的な活動として位置づけられる」ことになりました。

これまではひたすら計算の仕方を覚え、練習問題をこなすような授業をしていたのが、「文章題が授業の中で多く取り上げられ、答えにいたるまでの思考のプロセスとして、図や式、計算をきちんと残すような指導がされる」ようになるとのことです。





以上を読んで、発達障害を持つ私たち親の心境としてはいい事だけど、わが子には無理かも....と感じたりしませんでしたか?
私は自分の子が文章の読解力が弱く、読み飛ばし、読み間違いなどが多く、早速出てきた文章の算数の宿題でイライラし始めています。

なんというか、ルールに従った計算は出来るのに、応用が利かないということを痛感してしまいました。向き不向きが出るなあ.....と。
個人的に暗記が得意な彼女にはこの手の問題はめっぽう弱いことがわかりました。さてどうしようかな?が今年の課題です。

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文字はいつから?2

2009'04.26 (Sun)

あれから4ヶ月.....。全く進歩なしです。〔とほほ...〕
上の子は自分から上手になりたいということもあって上達してますが、チッタはなぞりがきこそ出来るけど
文字、数字を書いて覚えることに興味なし!

周りからは、いつか興味を持ち出すから焦らず大丈夫。とは言うもののもうすぐ書き方始めて8ヶ月。
授業料の無駄を考えます。
なにしろ彼女の動機が、お姉ちゃんと同じ事をしたいというしょうも無い理由ですから。

ただ、4歳にもなり未だ数も理解していないので、療育センターへ問い合わせたら、5才になる前に
きてください。といわれました。
どうも、4歳後半から文字に興味がでて、読んだり、書こうとするようにならなかったら、診断するそうです。あと半年くらいあるなー。

でも、目安がわかっただけホットしました。

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新一年生がやってきた

2009'04.25 (Sat)

キッズクラブも懇談会を期に続々と子供たちが増えていく。
で、不思議だな?まだ3回しかシフトに入っていないのに、すでに3〜4人困ったチャンを発見。でも全員が発達障害とはまだ思えないこの時期なので、今は根気よく見守り中。今回の児童は、超マイペースなのか自閉なのか紙一重な子。と、なんでも独り占めしたい子と、人の言っている意味が通じているのか怪しそうな子とキッズのおもちゃをすでに何回も自宅へくすねようとする手癖の悪い子だ。

ぱっと見ては普通に見えるので毎回100人弱いるキッズの子にまぎれるとどこに潜んでしまったか解らないが、すぐ、けんかや問題行動を起すので見つけやすい。
今のところどの親も自分の子に対して普通と思っているのが難である。
多分半分は育て方かもしれないと思うのだけど、働くことに専念して、子供の育つ姿を良く見ていない親がけっこういるなあ...と感じる毎日です。

これから不景気になって、働かないととやっきになっている家庭は気をつけてほしいところです

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暴力から読み取れることって何かしら?

2009'03.28 (Sat)

家庭内暴力の場合にも、乱暴することによって子どもがなにを訴えようとしているのかを考えることが大切です。

いたずらに暴力を恐れ、乱暴させないように子どものいいなりになっていてはならないのです。

人々と共に生きていくには、互いに守らねばならない最低のルールがあることをきちんと話し、 限度を超える行動には親であっても耐えられない ことを言葉に出して明確に示さなければなりません。

自分を犠牲にして、あまりにも子どものことだけを考えるのは逆効果です。

親も子どもも、それぞれの人生があることを思いだして下さい。

一時の感情的な対応や罪責感を持つことが、一番悪い結果となります。



8.どこに相談に行ったらよいのか

不登校や家庭内暴力は、両親がその扱いに最も苦慮する問題です。

頭ではわかっていても実際に子どもと向かい合っているとつい“カー”となって感情的になるものです。

そういう時には、気軽に児童精神科医やカウンセラーに相談して下さい。

最近、学校以外の場で、子ども達が自主的に集まり、いろいろな経験を通して互いに成 長しようとする「フリー・スクール」や「自然学校」などのグループが、各地に増えています。

最寄りの保健所、教育研究所や教育相談室、青少年相談センター、児童相談所、 精神保健センターなどにご相談下さい。

いろいろな情報が得られます。


この話を読んで、サプリも同感です。勉強が出来て大学にいって、いい就職先につくことが、子供の幸せと安定ではないと思います。うちの子はいろんな面で障害児です。それが解ってから考え方も、ずいぶん変わりました。
最終的に私たち夫婦が笑って老後を過ごすことが出来るのは、そういった子供たちが、一人で社会にでて、自分の食べるもの位稼ぎ、家事も炊事も自分で行い、親孝行なやさしい子になってくれればいいのです。最低限、生活できる自立と心の発達を願っているのです。
私の先生が最低20年辛抱して見捨てず頑張りなさい。といわれました。自分の感情のコントロールで10年、自立で10年が目標です。それが達成できた時、この子達の子育ては終わり、見守っていく事が出来るようになるそうです。その先生事態、お子さんが自閉症だったのですごく心に響くんですよね。今は養護施設に入っているけれども、施設でも問題を起こさず、めんどうも、心配もかけない、そして親を気にかけてくれる大人になったそうです。

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撮影:管理人:さぷり

目からうろこの記事

いちみの教室さんからの日記
モンスター。 今、何かと話題のモンスター化現象。 理不尽な注文や苦情、無理難題な要求をする人達のことをモンスター(化け物)と呼んで恐れている。 学校現場に関わるものをモンスターペアレントと言い、テレビでドラマ化されたのでその実態を垣間見ることができた。 たとえば、担任が他の子ばかりひいきして自分の子を見ていないから担任をかえろ。 うちの子が学校に行っててけがをしたんだからうちの子が休んでいる間は、学級閉鎖にしろ。 小学校は義務教育だから給食費を払う必要ない。など…色んなことを言ってきている。 なんでこんな現象が起こっているのでしょうか。 親は、子がかわいいので子がよくなるように色々注文や苦情を言ってくるのは当然ですが、ここで言っている注文や苦情で子が喜んでいるか、子のためになっているかを冷静に判断していない。 親馬鹿ならぬ、馬鹿親になっていることすらわかっていないのです。 モンスターは、真剣に化け物(馬鹿もの)をやっているのです。自分が何をやっているかわかっていないのです。 わかっていないならわかってる周りの人が教えてあげればいいだけです。 けれど、周りの人はおかしいことを言っているモンスターに何も言わない、見て見ぬふりである。 自分に火の粉が降りかかるのを避けている。 それどころか、このモンスターを利用して問題をもっと大きくするやからすらでてくる始末である。 モンスターは、モンスターだけにあらずである。 私は、クラスの子がかわいくて他のクラスの先生がクラスの子を悪く言っていたら、その子に対する弁護を始めていました。また、反対もありで、他の先生と一緒になってその子が悪いと言っていることもありました。それもこれもその時は、その子のことを考えてその子のためを思っての行為だということを疑う余地はありませんでした。 けれど実のところ、私の指導が悪く思われないように、同僚の先生との間が悪くならないように立ち回っていたのです。自分の立場が悪くなることを恐れていたのです。 今あちらでもこちらでもモンスターと言われる人々が出現しているのは、前回の記事で述べたように人々のどっちつかず、あやふや、傍観者、私は悪くない、事勿れ主義が生んでいるのだと言うことです。責任を取ることを避け続けた結果なのです。 モンスターをつくっているのは全ての人の責任、自分の責任だということです。 今の学校全体、いや社会全体がこういう流れのなかで動いている。だから、みえる形としてあちらでもこちらでもモンスターが出現している。 注文や苦情が無理難題だというのであれば、そのことをきっちりとした態度で言っていくだけのことです。 なにが問題なのですか。 自分の曖昧、我だけ善し態度。これを言うと自分の立場が悪くなる。 これ以上、話がこじれるのを避けたいため、なんとかこの場を治めている。 自分の本心を誤魔化し責任逃れをし続けているから新たな問題をどんどん生んでいるのです。 モンスターが問題なのではない。 自分を守り、責任を取れない態度が問題なのです。 そうしていくことが、みんなとうまくやっていく方法だと教えられてきたのです。 うわべだけの調和、平和、優しさをつくりだしている。 責任を取らない自分の態度が全てを生んでいるのです。 日本人は、つつましいと言おうか、腹黒いと言おうか、自分の思っていることを言うのを避ける、はっきりしない、曖昧、どっちつかず、悪者になるのを避ける。それが他人を思い、周りのことを考えているいい人なのである。自分だけの優しい、いたわり、心地よいを求めている。 人を傷つけないように迷惑かけないように、みんなからはみ出ないように、まわりに合わせて生きるのが常識、当たり前と教えられてきた。そしてそれを自分で選んできた。 それをなんら疑問と思わないように教えられてきた。教えられたんじゃない、つまりは教え込まされ、それが絶対なんだと信じ込まされてきた。 いや、一番楽な方法と思い自分が選んできたんだ。誰の選択でもない自分で選んでいるのだ。 そうすることが自分を守る唯一の方法と信じてきた。 けれど、もうそんな誤魔化しが利かないところまで追い詰められてきている。 あちこちでモンスターとなって、色んな思いが爆発している。 何かおかしい、何か変だと、みんな気がつきはじめている。 教育って何。 みんなに同じ考えを教え込み、信じ込ませる…。 えっ・・・これって…洗脳…。 教育は、最大最強の洗脳だ。誰にも気づかれないように今まで合法的にやってきた。 戦後、公立学校からは、宗教が排除され、教育が全ての基礎をつくるように仕向けられてきた。 みんなに同じ考え方を持つように、支配しやすい様にコントロールしてきたのだ。 その学校が機能しなくなっている、今までの教育では問題を解決できない。 おかしいと思うことでも周りに合わせて言わない平和教育、自分の損になることや直接害が及ばないことには、見ざる、聞かざる、言わざるを決め込む。 枠の中での自由教育、弱者を思いやるふりをする博愛教育。 真実を隠して相手に合わし、周りから後ろ指さされないように生きていくこと。 個性を大切にといいながら、はみ出る奴を許さない、みんなと同じように行動すること、考えることを教育していく。 教育という名の洗脳。 全て支配しやすい様に洗脳しているだけだ。 教育が崩壊している。チャンスである。 いろんな機関で小手先の改革をしているが、こんなの屁の突っ張りにもなっていないってことを先生も親も子も知ってる。 国が先生が親が子が悪いと言って、お互い責任の擦り付け合いばかりやっていて何が変わると言うのだろうか。 国がシステムを何度見直しても変わらないことをみんな知っていて何を待っているのでしょうか。 現場の先生は、どうすることもできない現状をなんとかしようと悪戦苦闘して神経をすり減らし、病に倒れる先生や現場から離れる先生が増加の一途だ。 教室では、いじめが当たり前のようにあり、成績重視は依然とはびこり、先生の言うことを素直に聞くふりをすることを続け、自分を押し殺している。当然こういう現状になじめない子は、学校に行かないし行けない、不登校が増加。 こんな教育、学校が本当に必要なのでしょうか。 もう答えは、出ているのです。 こんな教育、学校はいらないのです。 誰かが言ってくれるのを待っている、言いだしっぺになるのを避けている。 教育や学校は、必要と思う人がいなくなれば、なくなります。 つまりは、親も子も先生も今の教育、学校にNOを出せばいいだけなのです。 学校での学習に不安があるから塾に行き、不必要な出費が増え、その学費のために親が働きにでて家庭がおろそかになる。子は、学校と塾の両方をこなすために神経をすり減らす。 何のために学校に行き、教育というものを受けさせなければならないのでしょうか。 国の教育改革を待っていても、現状が大きく変わらないのはもう今までで十分わかったはずです。 だからと言って、国だけが悪いのではありません。 今まで国任せ、責任転嫁してきた自分の責任なのです。だからここで、自分ら一人一人が決断してやっていくときがきたのです。 教育は、学校に行っている間だけのことではありません。 生涯教育、真の生涯教育を今始めるときがきたのだということです。 昔、先生は教え子を戦場に送ったことを反省して、二度とそんなことが起こらないようにと願ったと聞いている。しかし、今は戦場が教室、学校、教育に変わっただけなのです。 おかしなと思いながら今のシステムをやり続けているのは、戦場に子を送ったときとなんら変わらない。おかしいと思いながら、国の方針だからと言って、画一的な教育を続けている。 八方塞がりの中、まだ、続けていきますか。 教育は、なぜ必要なのですか。 学校は、なぜ必要なのですか。 色んな問題が浮き彫りになってきているということは、一人一人が当事者となって、真剣に考えていくときがきたということです。 全ての要の教育がおかしいことを教えていることを自覚する。 自分の責任である。
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